2010年4月16日
キリストは社会を変える力がある
私が、この教会に導かれたのは、ちょうど10年前の1999年で、私が学生の頃でした。その頃、私は、理工系の大学にもかかわらず社会学や経済学の勉強を専攻していました。当時あまり人気がなかった、その専攻過程を選んだのには、理由がありました。典型的な核家族で育った私は、家族の愛を沢山うけて育ちましたが、中学生の頃から、通学時間が1時間以上の学校に通うようになり、地元の友人がめっきり減ってしまい、なかなか友人関係をうまく結ぶことができない自分になっていました。私の中では、核家族中心の今の世に問題があるのではないか、是非そんな状況を打破していく方法を探って行きたいという思いでの選択でした。人間関係の希薄なこの社会と、私自身を変えていくヒントを得たいという期待する心で一杯でした。しかし、実際に専門分野の勉強を始めていくと、勉強することで社会を変えていくことができるどころか、逆に学問では、まったく社会は変えることができない、ということを、気づかされていくことになりました。そんなある日、韓国からの留学生に紹介され教会へと導かれました。教会へ足を運ぶうちに、この世の人が持っていない、無償の愛を次第に感じるようになり、教会は温かいところだなと感じるようになってきました。使徒言行録2章44節から47節「信者たちは皆ひとつになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心をひとつにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。」。この御言葉が実現されている場所であると思い、初めて来て依頼、毎週欠かさず教会へと来るようになり、信仰が与えられました。
今年は、今まで以上に教会の奉仕の幅が広がり、沢山の感謝をいただきました。郡山教会などの聖殿建築の働きでは、たった一回の働きでも、同じ心を持って黙々と働くうちに、本当の信仰の友が与えられたような、心強い励ましをいただきました。また、仕事において出張が多かったため、日本全国を出張で駆け巡るたびに、全国各地に教会が必要である、という心が与えられ、ますます日本福音化の責任を感じるようになりました。
今年、私の家庭で一番の感謝なことは、主から子供を授かったことでした。2年間、祈っても、祈っても、なかなか子供が与えられなかった私の夫婦は、時に涙し、様々な手を尽くしたのですが、まったく祈りの答えがないまま、時間だけが過ぎて行きました。特に、妻の苦しみは、御言葉にも出てくるサラやハンナを見ても分かるとおり、深いものであったでしょう。教会の祈り会にて、先生方や聖徒の一人ひとりから、手を置いて祈っていただいたことを契機に、子供が与えられたことは、まさに主の御業として言いようのない奇跡でした。
新たな年を迎えるにあたって、少しでも早く、日本人部が成長し、また私自身の働きにおいても、社会でもっと活躍し、御言葉を大胆に伝えていきたいです。
これで、私の証を終わりにします。ありがとうございました。