2010年7月13日
KOSTAで生きる意義を教わった
みなさん、こんばんは。わたしは空調のメンテナンスの会社で営業をしているAと申します。本日ゴスペルナイトを通して証しを出来る恵みを与えて下さった主に感謝します。今晩わたしが主なる神様に出会ったきっかけを証ししたいと思います。自分が初めて教会に行ったのは大学2年生の頃で、確かキャンプの行われる10日前くらいでした。振り返ってみると、これがわたしに備えて下さっていた主の尊い御計画であると確信しています。
教会の人達がすごく明るくて、初めて会う自分に対して優しく接してくれて、色々と気に掛けてくれて、想像していたイメージとは違っていたことをよく覚えています。
色々なことを話している中で、ふとキャンプがあることを知らされました。「実は来週に教会のみんなでキャンプに行くんだよ、A君も一緒に行ってみない?」とキャンプに誘われましたが、その時は社交辞令的な感じで返事をしました。
その数日あとに一緒に食事をする機会があって、その時に「このキャンプはA君みたいに初めて教会に来てくれた人や、教会に来て間もない人達の為に準備されたキャンプなんだよ。時には積極的にチャレンジをしてみることも大切だと思うよ。」と言われました。その言葉を聞いた時に「あっ、このキャンプって自分の為のキャンプかぁ~。」と思い、はっきりと力強く語ってくれた言葉に心動かされて、キャンプに行く決断をし、キャンプに参加しました。
当時の自分は普段から何事もどぉーにかなるだろうと考えていました。大学ではバイトをして、卒業が出来るように考えながら単位を取れる程度に勉強して、サークルにも入って...というありがちな特に目的もない大学生活を送っていました。しかしそれは常に心が満たされない同じことの繰り返しを送っている日々でした。
そんな生活を送っていた自分にとって、キャンプは今までに体験したことのないとても新鮮なものでした。聖書の御言葉から語られるメッセージを通して、自分自身に向き合うことが出来たことに感謝でした。特に自分にとって印象的だったのは、キャンプファイヤーで聞いた兄弟姉妹の証しでした。自分と同じように考えている人がいたことや、逆に考えが全然違った人もいました。しかし共通していたのは神様を信じて、主と出会い、人生が変わっていったということです。それを聞いた時に、本当に心が熱くなり、衝撃を受けたことを今でもしっかりと覚えています。そして考えさせられました...自分はこのまま適当に過ごしていて本当にいいのだろうかと。
心のどこかで神様なんて信じることはないだろうな...と思っていた自分は、早くもこのキャンプを通して主なる神様を信じるようになったのでした。今まで悩んだり、苦しいことがあっても誰にも相談したりせず、1人で抱え込んできた自分にとって、父なる神様の存在はとても大きく、今までどこか満たされなかった心が、その大いなる存在によって満たされていくことを感じました。
キャンプに参加する度に主なる神様は自分に必要な御言葉を語って下さいます。社会人になってから初めて参加した昨年のキャンプでは、マタイによる福音書5:13~16節の御言葉を通してわたしに主は社会人としてどのように過ごしていけばいいのかを示して下さいました。
『あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である。あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。』
自分の遣わされた職場において、クリスチャンとしてのプライドを持って、この御言葉を握り締めて、行動を通して主の栄光を表すことが大切であると悟りを与えて下さいました。
働いている時も、ただお金を稼いで生活していく為と思って働くのではなく、主の栄光を表す為にと思うと、仕事にも力が入り、毎日の生活が期待で溢れています。
今回のキャンプではどのような御言葉をわたしに示して下さるのかと期待しています。
主なる神様は1人1人を愛しておられ1人1人に御計画を持っておられます。
エレミヤ書29:11~12『わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。/そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。』という聖書の御言葉を通して神様は約束して下さっています。
まずは自分自身に向き合うことからスタートして、神様の愛と計画、そして罪の問題、その唯一の解決の道であるイエス・キリストについて考えてみてもらえると幸いです。その方がわたしの為に何をしてくれたのか?全ては聖書に答えがあります。聖書を読んだことや触れたこと無い方もいると思いますが、ぜひ積極的にチャレンジをしてみてほしいと思います。主の備えて下さっている御計画の道を確信して歩めるようにお祈りします。
全ての栄光を主に捧げ、これでわたしの証しを終わります。